オプショナルキャリア計画(旧名:FUKUSEN思考)

このままではヤバいかも、と不安を抱える人に贈る現状打破講座

消化試合の人生 ケース1

オプショナルキャリア研究所代表の狩谷昇です

 

前回まで「ワークとライフの関係」というテーマで5回シリーズであなたの“ワーク”と“ライフ”を見つめ直し、あなたなりの“ワーク”と“ライフ”を再定義してもらいました。

さて、あなたの“ワーク”と“ライフ”は、各年代でどのような言葉に再定義されましたか?

 

今回は消化試合的に生きている人の話です。あまり前向きなテーマではないことは承知の上ですが、反面教師として学ぶことは大いにあると思っているので、ケーススタディとして取り上げてみたいと思います。

私は今までに、何名もの消化試合的な働き方や時間の使い方をしている方を、直接・間接的に見てきました。

 

もちろん、消化試合のように思っているかどうかはその本人にしかわかりません。

ただ、少なくとも傍目にはそう見えている(見えていた)人たちの話です。

これもシリーズで今まで見てきた消化試合的な働き方をしている方々を紹介していきたいと思います。

基本的には私が見聞きしてきた事実に基づいて記していますが、一部設定を変えていることは本人を守る意味でご容赦頂きたく思います。

 

50代男性Aさんのお話

誰もが知っている大手流通業にお勤めのAさん。社内の出世競争でも常にトップクラスに位置し、30代半ばで大きな地方都市新規出店の大型店舗店長に抜擢。そこでは初年度こそ売り上げが期待ほどに及びませんでしたが、2年目以降で挽回。その後ずっと全国トップ5に入り続け、小さいながらも海外との合弁会社の社長にも据えられるなど、誰が見てもあと数代後の社長になるだろうという下馬評の方でした。

人生何が起きるかわかりません。エリートコースをひた走り、順風満帆に見えたAさんに落とし穴がありました。自分を高く評価してくれていた社長が社内クーデターにより失脚したのです。

その一派と見なされる人たちは一夜にして反主流派となり、新社長派からみれば完全に邪魔者です。

旧社長派とみなされた人は理不尽にも閑職や、もう閉店候補になっている店に飛ばされていき、辞める人も少なくありませんでした。

本社には残ったものの、部下のいない名ばかりの肩書きの閑職に追いやられたAさん。そこからは気が抜けたようになってしまってしまい、明るく豪快だった性格も暗くなり、そして人付き合いも最低限しかしなくなってしまいました。

転職活動をする意欲も起きなかったのでしょうか。

傍から見れば追い出し部屋のようなところで、もう5年以上淡々と書類を整理したり、他部署が面倒で回してきた雑用をこなしています。

何か企んでいるのか、それとも定年後に再起を図るのか、定年延長を申し出るのか、それとも仕事とは別の楽しみを見つけているのか、殻に閉じこもってしまった以上、本人しかわかりません。

有能な人だっただけに惜しむ声もありますが、もうその閑職でのAさんを見て何か新たにチャレンジさせようという人は恐らくいないのでしょう。

まだ定年まで数年ありますが、辞めることもせず、ただひたすら毎日夕方6時になるまでほぼ無言で手を動かしています。

 

私が見てきた中で、最も惜しいと思う消化試合的な働き方をしてしまっているのがAさんだったので、今回のシリーズのトップに挙げさせて頂きました。

社内政治に巻き込まれて失脚する、というのは残念ながらよくある話です。なんだかんだいって組織は人の集まり。色々な思惑や感情、しがらみが入り乱れる、魑魅魍魎の世界です。

”仕事が出来る”とか、”優秀だ”とか、”(営業)成績がいい”とは全く別次元のところで色々なことが決まったりもします。やるせないですね。

 

あなたの周りに消化試合的な働き方をしている人はいますか?

何がきっかけでそうなってしまったのでしょうか?そこから学ぶことはありますか?

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今日よりもちょっと良い明日を